チェコスロバキアの歴史 その二 民族音楽の宝庫

チェコスロバキアは、現在はチェコ共和国とスロバキア共和国となっています。この国の音楽の歴史、特に音楽の特徴や作曲家をとりあげます。チェコスロバキアは、民俗音楽や教会音楽の土壌の上に、ロマン派クラシックと近現代音楽が融合して発展してきたといわれます。特に19世紀の民族主義の流れの中で、民族色豊かなクラシック音楽が世界的に有名になりました。19世紀になると民族意識が高まり、チェコ民族音楽を取り入れたクラシック作品が作られました。そしてチェコスロバキア音楽の黄金期を迎えます。

 代表的な作曲家といえば19世紀に活躍したベドルジハ・スメタナ(Bedřich Smetana)がいます。「チェコ国民楽派」の創始者といわれ、代表作には連作交響詩「わが祖国(The Moldau)」があります。その中の2曲目「モルダウ(Moldau)」は特に有名な旋律で、広く日本でも愛好されています。モルダウは川の名称で、源流からプラハを流れ、エルベ川(Elbe)に合流しています。その流れの情景とチェコの歴史や自然を描写しており、チェコの独立運動の支えともなったと言われます。

ベドルジハ・スメタナ

 後期ロマン派に位置するチェコのもう一人の作曲家がアントニン・ドヴォルザーク(Antonín Dvořák)です。彼はスメタナと並んでボヘミア楽派と呼ばれチェコ国民楽派を代表する作曲家です。世界的に最も有名なチェコ作曲家で民謡風のメロディが特徴です。代表作にはおなじみの交響曲第9番「新世界より」や「スラヴ舞曲」があり、しばしば演奏されます。「新世界より」の第2楽章の有名な牧歌的な旋律は、日本人の琴線に触れるような叙情的な旋律で、歌に編曲されたり、BGMとしてよく用いられたりしています。第2楽章を演奏するのはイングリッシュ・ホルン(English horn)で オーボエ属(oboe)の木管楽器です。オーボエより少し低く、柔らかく哀愁のある音色が特徴です。

 ドヴォルザークはブラームス(Johannes Brahms)に才能を見いだされたといわれます。やがて『スラヴ舞曲』で一躍人気作曲家となります。その後、アメリカに渡ってニューヨーク・ナショナル音楽院院長(National Conservatory of Music of America)として音楽教育に邁進します。その傍ら、ネイティブ・アメリカンの音楽や黒人霊歌を吸収し自身の作品に反映させています。

アントニン・ドヴォルザーク

 アイオワ州には、チェコ系移民の歴史を持つスピルヴィル(Spillville)という小さな町があります。この街はボヘミアからの入植者が住む町で、ドヴォルザークのアシスタント兼秘書の父親が聖歌隊長を務めていました。1893年にドヴォルザークはこの街で一夏を過ごし、弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」を作曲します。スピルヴィルでの短い滞在中、「同国人らの中にいるという実感が祖国を思い出させるとともに、故郷にいるような感覚にさえしたようだ」と後に回想したようです。

 チェコスロバキア音楽の特徴はいくつかあります。まず民族舞曲や民謡の旋律をふんだんに感じることです。自然や国土を明るく歌うように描くメロディが印象的です。「スラヴ舞曲」はその代表といえましょう。

綜合的な教育支援の広場

One response to “チェコスロバキアの歴史 その二 民族音楽の宝庫”

  1. 成田 滋のアバター
    成田 滋

    チェコスロバキアのスメタナやドボルザークの音楽からは民族色の濃い旋律やリズムが伝わります。日本人の感性や琴線に触れるような特徴をもっています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


チェコスロバキアの歴史 その二 民族音楽の宝庫」への1件のフィードバック

  1. チェコスロバキアのスメタナやドボルザークの音楽からは民族色の濃い旋律やリズムが伝わります。日本人の感性や琴線に触れるような特徴をもっています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です